主な寿司 稲荷寿司

いなり寿司は、しのだずしともいい、大阪ではきつねずしとか、単にきつねともいわれる事があるのです。
煮付けた油揚げを半分に切って袋にし、その中にすし飯や少量の野菜をつめて、四角または三角に包んだもので、干瓢で帯状に巻くこともあるようです。
家庭でよく作られ、また精進ずしとして古くから寺院で用いられているのです。稲荷寿司は、京都の伏見稲荷の門前で売られていたものを、お土産としてもらったのです。
甘い揚げに具の多い寿司飯がとてもよく合い、口に含むと思わず顔がほころんでしまうほどだったのです。
稲荷寿司の起源についてはいなりずしがなぜいなりずしなのかというと、これは油揚げ−狐−お稲荷さん、という単純な連想ゲームによって生まれたものと言われているようです。
全国にある稲荷神社は、把握されているだけで三万社ほどあると言われているのです。これに企業や個人の邸内社も含めると、数え切れないほどの稲荷神社が全国にあるようです。
稲荷神は商売繁盛の神と一般に理解されているが、これは稲荷神が豊作の神様によることからであると考えられている。
稲荷の神様は狐であると誤解されているようだが、それは大きな間違いとなっているのです。
二本の神様にはたいてい神使いとして動物がついているのです。奈良の春日大社の鹿、天神様の牛、八幡様の鳩などそれぞれの神様の使いは動物であらわされているので、稲荷神の場合使いは狐となっているようです。
いなり寿司をもっとも古くから作っていたのは名古屋地方であったといわれているのです。また江戸では天保の改革の倹約令で一躍広まったのが始まりとなっているようですので、江戸の十軒店にいた次郎吉という男が考案したと伝えられているようです。
油揚げは安価で入手もしやすいところから、いなり寿司は安ずしとして広く普及したようです。
いなり寿司とかきつねずしという名前の由来は、油揚げを好物とするキツネからきたものなのです。
キツネは稲荷神社のお使いとされ、稲荷神社には油揚げを供えるところから、油揚げを使った寿司をいなり寿司というようになったとのことなのです。
稲荷寿司の発祥はどこの地域か定かではないが、天保の頃には江戸で売られていたと伝わっているのです。
一般的に関東では俵型、関西では三角形が主流とされているらしいようです。
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